足柄山秘曲伝授2023年11月08日 17:07

落款からは春嶺 30 歳後半、明治 30 年代に描かれたと推測できる。足柄山秘曲伝授は大和絵での代表的な画題となる。古今著聞集の説話である源義光による秘曲伝授の様子を描いたものである。源義光は平安時代後期の武将であり、音律を好み、笙の名人である豊原時元から秘曲を学んでいた。後三年の役で、兄である陸奥守義家の苦戦を援護するために、義光は奥州に向かうことにした。その 途上で名人豊原時元の子である豊原時秋がお伴したいと追いかけて来てきた。時秋は幼い時に父時元を失っていた。そのような事情もあり、二人は箱根近くの足柄山まで来てしまった。そこでようやく義光は、時秋の思いを悟って、秘曲を伝授する。 本作品の右手鎧姿の武士が源義光、左手狩衣姿で笙を吹くのが豊原時秋である。江戸、明治でよく知られた構図は、鎧姿の義光が笙を吹いて時秋に聞かせるという場面である。本作品は、逆になっていることが特徴であり、いわば師である義光に伝授された秘曲を確認のために聞いてもらっている場面とも解釈できる。 また通常は月と焚き火があるばかりの山深い峠が背景となるが、本作品は桜を配して華やかさとしっとりとした雰囲気を与えている。桜の淡いピンクから鎧の下の白小袖、譜面が書かれた料紙、そして時秋の白い帯と下がっていく白の流れは情感を高めるものとなっている。 細部となるが、義光の腕と膝、時秋の腰の部分に降ってきた白い玉(花弁の塊)が4か所描かれて、美しいアクセントになっている。