仲麿詠月図2023年11月10日 15:48

明治30年代の作と推定され、優美な人物描写の代表作のひとつである。明治 37 年の美術画報に掲載された「大伴古麿語国威」の遣唐使での人物描写と共通しており、同じ時期での制作と推測できる。
 阿倍仲麻呂が念願の帰国にあたり友人たちによる餞別の宴の場面であり、青い唐服の阿倍仲麻呂に赤い唐服の王維が餞別の漢詩を贈り、阿倍仲麻呂が返礼の漢詩を書きつけようとしているところかもしれない。友人たちの暖かい眼差し、あるいはお団子を運んでくる男の子の嬉しげな様子にゆったりとしたひと時を感じ取ることができる。付立てでの衣や冠の濃淡は、四条派の手法の会得とその展開を見て取ることができるだろう。あるいは背後の大河に上る月に掛かる動きのある雲と水面に落ちる月影、伸びやかな風景のなかでの仲麻呂とその友人たちの表情は、餞別の宴を親密で優美なものにしている。この作品に見られるように大塚春嶺は、歴史画を自分のものにしていく。
 なお阿倍仲麻呂は、百人一首の「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも」で知られている。